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亀がアキレスに言ったこと
かめがアキレスにいったこと |
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作品ID | 59966 |
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原題 | What the Tortoise said to Achilles |
著者 | キャロル ルイス Ⓦ |
翻訳者 | 石波 杏 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | 石波杏 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2019-07-08 / 2019-06-28 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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アキレスは、亀に追いついて、甲羅の上に座ってくつろいでいました。
「じゃあ貴方は競走コースのゴールに到着したというんですか?」亀は言いました。「コースは無限に連なる距離からなるというのに。ゴールなんてできないって、誰だったか頭のいい人が証明したんじゃありませんでしたっけ。」
「できるんだよ」アキレスは言いました。「やってやった! 案ずるより歩くが易し。分かるだろ、距離はだんだん減っていくんだ。だから……」
「でも、だんだん増えていくとしたら?」亀は遮って言いました。「そしたらどうですか?」
「そしたら俺はここにいないだろうね」アキレスは謙遜して答えました。「それで君は今ごろ世界を何周もしてるだろう!」
「褒めすぎ……、いえ、重すぎです」亀が言いました。「なにしろ貴方はとても重々しい。間違いようもありません。ところで、ある競走コースの話をお聞かせしましょうか。二歩か三歩のステップでゴールに着きそうだとみんなが思うのに、実際には無限の距離からなるコースで、しかもどんどん長くなっていくんです。」
「ぜひとも!」ギリシアの戦士はそう言って、巨大なノートと鉛筆を兜から(ポケットなんて当時の戦士には無かったのです)引っ張り出しました。「続けてくれ! ただし話はゆっくりと頼むよ。速記術なんてまだ発明されていないんだから!」
「かの美しき、ユークリッドの第一命題!」亀は夢見るようにささやきました。「ユークリッド幾何学を愛していますか?」
「情熱的に! 少なくとも、今から何世紀も経たないと書かれない文献を愛する、なんてことができるならね!」
「それでは、第一命題にまつわるちょっとした議論を取り上げましょう。二つのステップと、そこから引き出される帰結、それだけです。どうぞ、ノートに書き込んでください。話がしやすいように、それらをA、B、Zと呼ぶことにしましょう。
(A)同一のものに等しいものは、互いに等しい。
(B)この三角形の二つの辺は、同一のものに等しい。
(Z)この三角形の二つの辺は、互いに等しい。
ユークリッドの読者は、AとBからZを論理的に導けると考えていますよね。つまり、AとBを真だと認める人は誰でも、Zが真だと認めなければならない、と。」
「間違いない! 高校に入ったばかりの子供でも分かるだろう。高校が発明されればすぐだよ、それまであと二千年くらいかかるかもしれないが。」
「もしも、AとBを真だと認めない読者がいたとして、それでもこの一連の流れ自体は妥当なものだと認める、ということはありえますよね?」
「そういう読者も間違いなくいるだろう。彼はこう言うんだ、『もしAとBが真であるとしたらZは真でなければならない、という仮言命題(仮定を含んだ命題)が真であることは認めるよ。でもAやBが真だとは認められない』。そんな読者は、ユークリッドを捨ててフットボールをやるの…