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初夢
はつゆめ |
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作品ID | 50396 |
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著者 | 正岡 子規 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「飯待つ間」 岩波文庫、岩波書店 1985(昭和60)年3月18日 |
初出 | 「ホトトギス 第四巻第四号」1901(明治34)年1月31日 |
入力者 | ゆうき |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2010-07-01 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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(座敷の真中に高脚の雑煮膳が三つ四つ据えてある。自分は袴羽織で上座の膳に着く。)「こんなに揃って雑煮を食うのは何年振りですかなア、実に愉快だ、ハハー松山流白味噌汁の雑煮ですな。旨い、実に旨い、雑煮がこんなに旨かったことは今までない。も一つ食いましょう。」「羽織の紋がちっと大き過ぎたようじゃなア。」「何に大きいことはない。五つ紋の羽織なんか始めて着たのだ。紋の大きいのは結構だ。(自分は嬉しいので袖の紋を見る。)仙台平の袴も始めてサ。こんなにキュウキュウ鳴ると恥かしいようだ。」「お雑煮をも一つ上げよか。」「もうよございます。屠蘇をも一杯飲もうか。おいおい硯と紙とを持て来い。何と書てやろうか。俳句にしようか。出来た出来た。大三十日愚なり元日なお愚なりサ。うまいだろう。かつて僕が腹立紛れに乱暴な字を書いたところが、或人が竜飛鰐立と讃めてくれた事がある。今日のも釘立ち蚯蚓飛ぶ位の勢は慥かにあるヨ。これで、書初めもすんで、サア廻礼だ。」
「おい杖を持て来い。」「どの杖をナ。」「どの杖ててまさかもう撞木杖なんかはつきやしないヨ。どれでもいいステッキサ。暫く振りで薩摩下駄を穿くんだが、非常に穿き心地がいい。足の裏の冷や冷やする心持は、なまゆるい湯婆へ冷たい足の裏をおっつけて寒がっていた時とは大違いだ。殊に麻裏草履をまず車へ持ていてもらって、あとから車夫におぶさって乗るなんどは昔の夢になったヨ。愉快だ。たまらない。」(急いで出ようとして敷居に蹶ずく。)「あぶないぞナ。」「なに大丈夫サ、大丈夫天下の志サ。おい車屋、真砂町まで行くのだ。」
「お目出とう御座います。先生は御出掛けになりましたか。」「ハイ唯今出た所で、まア御上りなさいまし。」「イヤ今日は急いでいるから上りません。」「あなたもうそんなにお宜しいので御座いますか。この前お目にかかった時と御形容なんどがたいした違いで御座います。」「病気ですか、病気なんかもう厭き厭きしましたから、去年の暮にすっかり暇をやりましたヨ。今朝起きて見たら手や足が急に肥えて何でも十五貫位はありましょうよ。」「そうですか、それは結構で御座います。まアお上りなすって、屠蘇を一つさし上げましょう。」「いや改めてゆっくり参りましょう。サヨナラ。おい車屋、金助町だ。」
「ヤアこれは驚いた。先生もうそんなにお宜しいのですか。もうお出になっても宜しいのですか。マアどうぞ、サアこちらへ。(座敷へ通る。)お目出とう御座います。旧年中はいろいろ、相変りませず。」「お目出とう御座います。」「今朝もお噂さを致して居りましたところです。こんなによくおなりになろうとは実に思い懸けがなかったのです。まだそれでもお足がすこしよろよろしているようですが。」「足ですか、足は大丈夫ですヨ。すこし屠蘇に酔ってるんでしょう。時にきょうの飾りはひどく洒落ていますな。この朝日は探幽ですか。炭取…