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車上の春光
しゃじょうのしゅんこう |
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作品ID | 50389 |
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著者 | 正岡 子規 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「飯待つ間」 岩波文庫、岩波書店 1985(昭和60)年3月18日 |
初出 | 「ホトトギス 第三巻第十号」1900(明治33)年7月30日 |
入力者 | ゆうき |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2010-08-28 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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四月廿九日の空は青々と晴れ渡って、自分のような病人は寝て居る足のさきに微寒を感ずるほどであった。格堂が来て左千夫の話をしたので、ふと思いついて左千夫を訪おうと決心した。左千夫の家は本所の茅場町にあるので牡丹の頃には是非来いといわれて居たから今日不意に出て驚かしてやるつもりなのだ。格堂はさきへ往て左千夫の外出を止める役になった。
昼餉を食うて出よとすると偶然秀真が来たから、これをもそそのかして、車を並べて出た。自分はわざと二人乗の車にひとり横に乗った。
今年になって始めての外出だから嬉しくてたまらない。右左をきょろきょろ見まわして、見えるほどのものは一々見逃すまいという覚悟である。しかしそれがためにかえって何も彼も見るあとから忘れてしまう。
暗い丈夫そうな門に「質屋」と書いてある。これは昔からいやな感じがする処だ。
竹垣の内に若木の梅があってそれに豆のような実が沢山なって居るのが車の上から見える。それが嬉しくてたまらぬ。
狸横町の海棠は最う大抵散って居た。色の褪せたきたない花が少しばかり葉陰に見える。
仲道の庭桜はもし咲いて居るかも知れぬと期して居たが何処にもそんな花は見えぬ。かえってそのほとりの大木に栗の花のような花の咲いて居たのがはや夏めいて居た。車屋に沿うて曲って、美術床屋に沿うて曲ると、菓子屋、おもちゃ屋、八百屋、鰻屋、古道具屋、皆変りはない。去年穴のあいた机をこしらえさせた下手な指物師の店もある。例の爺さんは今しも削りあげた木を老眼にあてて覚束ない見ようをして居る。
やっちゃ場の跡が広い町になったのは見るたびに嬉しい。
坂本へ出るとここも道幅が広がりかかって居る。
二号の踏切まで行かずに左へ曲ると左側に古綿などちらかして居るきたない店がある。その店の前に腰掛けて居る三十余りのふっくりと肥えた愛嬌の女が胸を一ぱいにあらわして子供に乳を飲ませて居る。子供は赤いちゃんちゃんを着て居る。その傍に並んで腰を掛けて居るのが五十位の女で、この女がしきりに何かをしゃべって居るらしい。
その隣は仮面をこしらえる家で、店の前の日向に、狐の面や、ひょっとこの面がいくつも干してある。四十余りのかみさんは店さきに横向に坐っていそがしそうに面を塗って居る。
突きあたって右へ行く。二階の屋根に一面に薺の生えて居る家がある。
突きあたって左へ行く。左側に縄暖簾の掛って居る家があって障子が四枚はまって居る。その障子の上の方に字が書いてある。最も右の端の障子には「にごり」と仮名で書いてある。その次のは「さけ」とあるらしいが縄暖簾の陰になって居て分らぬ。その次のには「なべ」と書いてあって、最も左の端の障子には蛤の画が二つ書いてある。「蛤」「なべ」という順序であるべきのが「なべ」「蛤」と逆になって居るので不思議だとよくよく見るとどうも三枚の障子があちらこちらにたて…